2010年03月16日

理事長の話【3】その活動は"公益"?それとも"共益"?

〇公益と共益

政府の公認を受けるNGOは(認定NPOであれ、公益法人であれ)"公益のための活動"をその軸とすることが要求される。

"公益"とは公の利益という意味だ。政府からの公認を受けるのだから当たり前の事だ……といわれそうだがこれがなかなか難しいのだ。

公益に対して用いられる言葉に"共益"がある。

公益と共益の違いは、対象の広さによるものである。

"公益のための活動"と言うにはその活動は"一般市民"を対象にせねばならない。

もしもそれが既存のユーザーや、その業界の関係者だけを対称にするものは、これはたとえ対象にどれだけ多くの人が含まれていても"共益活動"という事になる。

共益活動を行なう組織は"業界団体"として認識される。法律の精神から言えば"業界団体ならその業界で支えるべき"という事になってしまう。

AGAは公認のNGOを目指しているので、当然ながら活動は"公益活動"を志向することになる。

〇AGAの活動

AGAのイベントは(もちろん例外もある、アナログゲームの世界の振興はAGAの設立目的の一つだから、共益的な活動は当然ある)その多くは"公益活動"であるか?を念頭において行なわれる。

……昨年や一昨年のイベントの評価で"子供が居る中でゲームなんぞできるか"というような狭量な意見が出たと聞いているが、私はこういう人に言えることはない。

ただAGAは"公益活動のように見える"活動をしてお茶を濁すことはしない、真剣に"公益活動"を追求する方針だ、従っていかに強固に、あるいは巧みに"一部の市民を排斥せよ(例えば子供や老人、あるいはKYな人!)"という声が上がってもそれは断固として拒否する。

そもそも子供や老人、あるいはKYな人というものを排斥を正当化する理由などないのだ。アナログゲームのイベント会場はレストランではない。

騒がしいのはむしろ日常的な事だ(AGAのイベント運営基準で一つの卓に対して一定以上の面積を割り付けるルールがあるのはゲームは音を立てるものであるから、相互の卓の干渉を配慮しなくてはならないからである)。

KYな人というのは居るのかもしれないが、むしろ多くの場合KYというのは"異質排斥の大義名分"でしかない、"多数決だ、みんな賛成している"と思う人が居るかもしれないが、たまたま集まった4人や5人の多数決で出る結論は偏向していると考えて良いと思う。

AGAは公益活動を重んじる立場から、排斥行為には反対する。ゲーム環境には一定の配慮はするが、狭量な発想、短絡的主張に組することは無い。

〇共益と公益

さてでは共益と公益は相反するものだろうか?

行政の運用上ではこれははっきりと区分されている(必要に応じて国が予算をつけて補助するかもしれない組織の性格付けなのだからこれは当然の事だ)、が、実際にはこの二つは相互に補完しあう関係だ。

公益は日本国民全体に益のある活動ということだ。AGAはこれをアナログゲームの振興と意義の啓蒙という形で実現するし、できると信じている(アナログゲームにはその価値が元々あるのだ)。

と、同時にAGAはこれを実現するために共益活動にも従事する。なぜならば、共益活動でフォローされる人……ゲームの供給者、既存の消費者……がより高度な活動を行なう事が公益に貢献するからである。

もちろんよりよいゲームの供給は公益になる。また、プロのゲーマーなどが生まれれば、それは公益につながる可能性が高い。専門の研究職が生まれると、その分野は大きく進歩する(必ずとは言わないが)。また単に技術的な進歩だけでなく、外に対して適切な解説者を得ることにもなる。子供向けの解説書や絵本というのは、その分野に専心している教授などが受け持つ事が多い、それはその世界の事を深く理解した人間だからこそ、ある部分は省き、あるいは簡単に説明できるからだ。子供や初心者にわかりやすい説明が行なわれるとすればそれは公益的な活動であろう。

アマチュアサークルが高度な活動が可能になればそのイベントには市民も参加が出来る可能性が高い…つまり公益的な活動が広がるという事になる。

AGAはいつもそっと、しかし繰り返し"私達はアナログゲームの世界を豊かにすることを補助する団体です"と述べている。私達は私達自身が行なう活動でアナログゲームを広げてやろう…とは必ずしも思っていない。私達が最大の使命と考えているのは、公益的な活動が出来るような個人や、団体の助成である。

私達はそれが公益につながる事を念頭において共益活動にも従事する。
posted by AGAな人○ at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動の趣旨解説
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